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Glocal Life

自分らしさを大切に、世界とゆるく繋がるブログ

どこまでは自己責任で、どこまでが社会の責任なのか?

自分と社会-自分を知る 自分と社会

どうも、Glocal Lifeです。

今回の記事では、人間の自由意志の範囲について

考えてみたいと思います。

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会社がブラックか?個人がブラックか?

今回の記事を書くきっかけになったツイートは、こちらです。


自分で選んでいるのか?


選択肢が少ない日本社会

確かにそれが正しいんだけど、

日本社会はアメリカと比べると、

選択肢が遥かに少ないって感じはする。


ちゃんと自分で調べて考えてる人はいいけど、

普通の会社員で妻子を養ってたら、

仕事を辞めるって選択肢は本当に大変だ。


社会的な構造の問題もあるのではないだろうか?

自己責任と社会の責任の半々

自己責任と社会の責任の半々ぐらいが、

人間としてのバランスが取れてるのかなと思ったりもする。


仏教でいう自力と他力

キリスト教でいう自由意志と恩寵の問題なんじゃないかな。


人間は生まれた時から平等じゃないんだから、

全部が自己責任なんてことはありえない。


ただ全部が社会の責任って訳でもない。

限られた選択肢の中で選ぶ自由意志

人間は生まれた時から平等じゃないし、

選択肢は限られてはいるけど、

ただその限られた選択肢の中で選ぶ自由意志は残されている。


人間の自由意志なんて、

その程度のもんじゃないかと思う。


人は万能ではないので、

全てを見通した上での決断などできない

成功して奢らず、失敗して腐らず

そう考えると、成功した人も、

ただタイミングが良くてラッキーだったという側面も大きいと思う。


成功と失敗を分けるものが

紙一重の運という場合も多い。


だから成功して奢らず、失敗して腐らずという態度が、

人間として健康的なんじゃないかと思う。


成功者も失敗者も人間は人間で、

そんなに大した違いがある訳でもないのではないだろうか?

まとめ

以上、今回の記事では、

人間の自由意志の範囲について考えてみました。


多様な意見の一つとして、

少しでも皆様のご参考になれば嬉しいです。

これからもGlocal Lifeをよろしくお願いします。

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